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名古屋高等裁判所 昭和57年(ネ)332号 判決

控訴人 王子商事株式会社

右代表者代表取締役 鶴田清

右訴訟代理人弁護士 松永辰男

同 堀部進

右訴訟復代理人弁護士 中野弘文

被控訴人 株式会社名古屋相互銀行

右代表者代表取締役 加藤千麿

右訴訟代理人弁護士 若山資雄

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対し金五〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一一月一二日より支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一乃至第三項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、控訴人は、当審において、本件不渡処分を免れるためにやむを得ず出捐した手形金五〇〇万円相当額の損害及びその遅延損害金のみを請求するものであって、本訴請求を右の趣旨に減縮する。

二、1. 被控訴人が最初に手形交換所へ提出した異議申立書添付の理由書は乙第二号証(詐取)であって、その後に乙第一号証(契約不履行)が提出された。その理由は次のとおりである。

理由書記載の支払拒絶の理由を変更する場合は、既に契約不履行と記載してあった付箋のとりかえが必要となり、このとりかえが時間的に困難であることは、銀行員ならば充分承知しているはずである。

支払拒絶理由としての詐取も契約不履行もともに信用に関しない事由であり、かつ、付箋と異議申立書の理由が一致してさえおれば、その後の手続は円滑に進行するのである以上、強いて付箋のとりかえをするというような面倒なことをする必要がないからである。

2. 被控訴人及び手形交換所は控訴人の依頼した異議申立書提出ないし受理につき、ともに初歩的な誤りがあったというべきであり、かつ、銀行と手形交換所は右の手続の点で協助し合う関係にあるから、手形交換所の不注意は、即ち被控訴人の不注意というべきである。

三、1. 控訴人は本件手形上の債務を何人に対しても負担していなかった。

即ち、本件手形は控訴人の遠藤富雄に対する債務の担保として同人に振出交付していたものであるが、同人に対する被担保債権を完済したので、その返還を受け、これを寺野喜代子に保管させていたのである。しかるに、遠藤は本件手形を右寺野方から持ち去り、これを取立のため西川勝衛に交付し、西川はさらにこれをその実兄である大橋三尾に取立のため交付したのである。そして、大橋は本件手形を取り立てた上、これを西川の妻喜世子名義の普通預金口座に振り込んだ。なお、控訴人が遠藤に対し本形手形の支払期日である昭和四五年八月一五日当時本件手形上の債務を負担していなかったことは、控訴人の遠藤に対する不当利得返還訴訟の控訴審において、控訴人が勝訴したことからも明白である。

2. 被控訴人の本件債務不履行がなかったら、控訴人は本件手形金の支払いを拒絶できたはずであるのに、本件手形金五〇〇万円の出捐を余儀なくされたのであるから、右と同額の損害を蒙ったものというべきであり、右損害と被控訴人の債務不履行との間には相当因果関係が存するものというべきである。

四、昭和五二年六月二八日控訴人と遠藤との間に、本件損害を含む金六五〇万円につき訴訟上の和解が成立したことは認めるが、控訴人は遠藤からその支払いを受けていない。

(被控訴代理人の陳述)

一、控訴人の請求の減縮に同意する。

二、右二の主張は争う。

三、右三の主張は否認する。

大橋は裏書の連続のある本件手形を善意取得し、その所持人として形式上の要件を具えた上、銀行を通じて手形金の支払いを求めたのであるから、控訴人は大橋に対し本件手形の支払義務があったといわなければならない。

四、仮に右主張が認められないとしても、控訴人は昭和五二年六月二八日本件手形の受取人である遠藤との間で本件損害について和解をなし、すでに解決ずみであるから、本訴請求は信義則に照らしても到底許されない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、1. 控訴人振出にかかる約束手形である本件手形が、その支払呈示期間内である昭和四五年八月一七日に所持人である大橋三尾から取立委任を受けた静岡銀行により名古屋手形交換所における手形交換の方法をもって支払場所である被控訴人覚王山支店に支払いのため呈示されたこと、及び控訴人が同日被控訴人覚王山支店の係員に対し、本件手形を不渡返還し、持出銀行である静岡銀行から不渡届が出された場合には、これに対し異議申立をなすことを委託し、同支店係員がこれを承諾したことについては、当事者間に争いがない。

2. そして、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

前記委託を受けた被控訴人は本件手形に契約不履行を理由として支払いを拒絶する旨の付箋を付して、右手形を静岡銀行に不渡返還した上、同月一九日午前一〇時までに前記手形交換所に対し不渡事由を契約不履行とした異議申立書を提出するとともに、右申立書に当時の右手形交換所における慣行に従って控訴人作成の理由書を添付した。ところが、右手形交換所の職員は被控訴人に対し右理由書の記載内容は手形が詐取されたものであることを不渡事由とするものとみられるから、手形付箋、異議申立書及び理由書にそれぞれ記載されている不渡事由を符合させるようにしてほしい、そうでなければ右異議申立を受理することができない旨連絡をした。しかし、被控訴人としては、手形交換所から右のような指示があっても、右異議申立が手形交換所規則所定の要件を充足するものであることを指摘してあくまでも受理を求めるか、あるいは右指示に従って控訴人に前記理由書の内容を契約不履行に該当することが明確になるように書き直させるかなど、適宜の措置をとることにより、異議申立の期限である同日午後三時までに異議申立が受理されるよう取り計るべきであったのに、被控訴人覚王山支店の係員は、前記指示の趣旨を不渡事由を手形詐取に改めるよう求められたものと誤解したため、異議申立書はその趣旨に書き改めたものの、これに伴い手形の付箋の不渡事由も改めようとして、本件手形を持ち帰った静岡銀行に付箋の付け替えにつき了解を得ようと電話連絡をしているうちに、右異議申立の期限が過ぎてしまい、結局異議申立は手形交換所に受理されなかった。

以上の事実を認めることができる〈証拠判断省略〉。

3. 右認定事実によると、被控訴人は前記異議申立手続をなすことを内容とする控訴人との間の委託契約上の債務につき本旨に従った履行をしたものということはできない。したがって、被控訴人には右委託契約につきその責に帰すべき債務の不履行があったものといわなければならない。

二、そこで、控訴人が被控訴人の債務不履行により損害を蒙ったかどうかについて検討することとする。

1. 控訴人が手形交換所において前記異議申立が受理されなかったため、銀行取引停止処分を免れるため、昭和四五年八月一九日本件手形金相当額である金五〇〇万円を静岡銀行に支払ったことは、当事者間に争いがない。

2. 〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

遠藤富雄は昭和四一年三月三〇日金八〇〇万円を貸付けたのをはじめとして、控訴人に対し以後継続して金員を融資していたものであるが、同年五月一〇日控訴人振出にかかる金額五〇〇万円、支払期日白地の約束手形を貸付金の担保として受け取った。ところが、返済金や利息制限法超過の過払利息金の元本充当により、昭和四二年一二月頃には貸付元本が消滅するに至り、昭和四三年六月一二日には過払金一五七万六四一四円が生じたまま、右取引が終了した。そこで、控訴人は遠藤を相手どり右過払金の返還を求める訴訟を提起したところ、遠藤はこれを争い、控訴人に返還しなかった右手形を参考資料として自己の代理人である高木輝雄弁護士に預けた。その後昭和四五年七月一日、遠藤は株式会社福井製作所の債務整理に絡んで西川勝衛と知り合いになり、その頃同人に右手形の話をしたところ、西川はこれを利用して控訴人の代表者である鶴田清を困惑させようと遠藤を誘った。遠藤は当時、右手形は振出後長年月が経過しており、しかも控訴人に対しもはや貸付金がないものと認識していたので、無効の手形であると考えていたが、西川があまりに執拗に誘うので、同年八月五日高木弁護士から右手形の返還を受けて、西川に対しては何らの債務も負担していなかったにもかかわらず、その頃裏書をしてこれを同人に交付した。西川は右手形に支払期日を同月一五日と補充した上、その頃右手形を隠れたる取立委任の趣旨で実兄である大橋三尾に対し裏書譲渡した。右のような経過で、大橋は裏書の連続のある所持人として静岡銀行を通じて本件手形を取立にまわした。大橋は静岡銀行から金五〇〇万円を受領すると、これを株式会社協和銀行堀田支店にある西川の妻喜世子名義の普通預金口座に振り込んで送金した。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する当審証人大橋三尾の証言の一部、原審における遠藤富雄本人尋問の結果及びいずれも右本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、丙第一、二号証は前掲各証拠と対比して信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3. 右認定事実によると、大橋は本件手形につき裏書の連続のある所持人として形式上の要件を具えているが、西川から大橋に対する裏書は隠れたる取立委任裏書であるから、控訴人が西川に対して有する抗弁の対抗を受けるものというべきところ、西川は遠藤から何らの原因関係なくして前記手形の譲渡を受けたのであって、遠藤が当時右手形上の権利を一切有していなかったことを認識しながら、善意をもってこれを取得したものというべきであるから、西川も手形法七七条、一七条但書により遠藤と同様、本件手形上の権利が消滅したとの抗弁の対抗を受けるものといわなければならない。そうすると、控訴人は本件手形の所持人である大橋に対し本件手形金の支払義務を負担していなかったものというべきである。

4. しかるに、控訴人は被控訴人の前示債務不履行のため静岡銀行に対し金五〇〇万円を支払わざるを得なくなったのであるから、右金五〇〇万円の出捐は控訴人にとって被控訴人の右債務不履行と相当因果関係のある損害であることが明らかである。

三、次に、被控訴人は、控訴人は昭和五二年六月二八日本件手形の受取人である遠藤との間で本件損害について和解をなし、すでに解決ずみであるから、本訴請求は信義則に照らして許されない旨主張するので、この点について判断をする。

控訴人と原審相被告であった遠藤との間で昭和五二年六月二八日本件損害を含む金六五〇万円について訴訟上の和解が成立したことは当事者間に争いがない。しかしながら、遠藤が右和解金の支払いをしたとの点は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。かえって、当審証人遠藤富雄の証言によると、遠藤は右和解金を控訴人に全く支払っていないことを認めることができる。

そうすると、右和解成立の一事をもって本訴請求が信義則に反するものということはできない。したがって、被控訴人の右主張は採用できない。

四、以上の次第で、損害賠償として金五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年一一月一二日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の被控訴人に対する本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よって、右と異なる原判決は不当であるからこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 井上孝一 喜多村治雄)

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